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僕は子供のことを知ってるようで、何も知らない|ブログを書く理由

タイトルのまんまです。

僕は、子供が発達障害と言われてから子供のためにできることを一生懸命に考えてきたつもりだったが、結局それは子供のためというより自分の為だったと痛感している。

これは、あくまでも主観的に言います。不快に思う人もいると思いますがご容赦ください。

共働き家族

世間一般的な父親と言えば、一家の大黒柱で仕事に重きを置いてお金を稼いで家のことは母親に任せるというのがひと昔前の父親のイメージだと思っている。

最近では、イクメンと呼ばれる家事を積極的に手伝ったり育児を積極的に手伝う父親も増えているようだ。

あらゆる会社や政府関連も、子育てを支援する父親のために育児休暇を父親にもできるようにしている子育て支援する企業も増えてきている。

僕も、家事はするし、料理も手伝うし育児もしているつもりになっていた。

ただ、実はイクメンといっても僕の場合は見ているだけ、片手間に見ているだけ

父親がまず考えるのは、母親より稼いで家計を支えることで威厳を示すことなのかもしれない。父親は稼ぐことで威厳を示すことで、家の中でも存在意義を示していると感じる。

それは、自分の父親を見ていたからかもしれない。自分の父親は、仕事一筋で子育てなんか全然できない。家事はおろか焼酎を飲む時にお湯を沸かすぐらいしかできない。

育児に関しては、ダメな父親かもしれないがそれでも一人で家計を支えてきて頼りになっているし、感謝している

僕の現状は、全然違う。それは、お金を稼ぐのは妻の方だから。妻は、仕事が好きでキャリアアップも順調にしている。僕の給料よりはるかに稼ぎはいいし、これから先僕が妻の給料を超すことは恐らくないだろうと思う。

そして、妻は仕事で疲れたらあまり家事をしないし、子育てに関しても極端に無頓着になってしまう。もちろん疲れていない時は、非常にいい母親をしている。料理もするし保育園の事も聞いてくれるし大変頼りになる。

ただ、それは一時のことで中々継続できないのは僕は知っている。

このような現状があるからこそ、僕は家の中で家事や育児になるべく専念すると決めた。

こころのすきまにある欲は拭いきれないでいた

それでも、自分は心のどこかで自分のキャリアアップを目指していた。やはり頭では無理と分かっていても、もしかしたらキャリアアップできるのではないかと必死に情報は集めていたし、休みの日の研修にもできるだけ参加していた。

家事や育児になるべく専念するといいながらも、結局は仕事や自身の保身のために頭がいっぱいであった。何より自分は本当にちっぽけなので家の中では優位な立場でありたいと思うことがあった。

実際に、育児は子供を見ている時も片手に携帯や本を読みながら、ただ見ているだけで『育児』はしていなかった。していた気になっていた。

仕事にも家事のことや育児のことがあるために、実際には実が入っていないの事実である。だんだん中途半端な立ち位置になっている自分に嫌気が刺してきている。

漠然と仕事のことを考えて、家の事を見ていると『自分は変われる』なんて気分になっていく自分がいる。こころの中ではこのまま自分が頑張っていくと将来的にいい方向に向かって進んでいるんだなという妄想というか、幻想というかそんなものに浸っていく毎日。

仕事で成功を収めている人なんかは、僕みたいな人間が知った風なことを言うと嫌に思う人がいるかもしれないけど、努力と覚悟と行動力が段違いだから、僕は仕事で成功できないと薄々感じている。

しかし、そんな社会の落ちこぼれみたいに認めたくないし認められない人間の欲を具現化したような自分がそこにいたからだ。

保育園の送迎や実際の家事なんかも、自分がすることが多いから

やっぱりよく見てるじゃん!おれすげぇって気分に浸っていた

なんて、ちっぽけなんだと今でも思うし、その傾向は今でも中々消えない

引っ越しを数年で2回している

引っ越しを数年で2回もしている。

初めの引っ越しは、長男が3歳で次男が1歳の頃である。育児休暇をとっていた妻が仕事復帰をして間もないころに引っ越しをした。

大きな理由としては、仕事で忙しく家庭内の空気が悪くなっていた。僕も仕事の方に夢中になっていたものだから、家庭のことなんか全然考えていなかった。ましてや、子育てがルーティンみたいになっていて、実際の所この辺りから子供の事を真剣にみていなかったのだと思う。

妻は育児休暇の時から、夜泣きや育児ノイローゼ気味になっていたので家事は手伝っていたが、職場復帰になるとそれに拍車をかけるように家のことはあまりしなくなっていた。

食事は、夜ご飯はほとんど外食かレトルトになっていたし、仕事にかまけて家のことを野ざらしにしていることから家庭内でのケンカが絶えなくなっていた。

そんな日常から抜け出したくなり、二人の職場まで少し離れているが通える距離にある妻の実家に引っ越すことに決めた。

妻は、あんなに協力的な実家なのに一緒に暮らすことに大反対をしていたが、僕は妻の実家に引っ越しをして成功したと思っている

妻の実家への引っ越し

アパート住まいだった僕ら夫婦が妻の実家に引っ越すことになった。マスオさん状態の僕は、今までしていた家事や育児をあまりしない日々で非常に楽が出来ていた。

環境は人を変えてしまうから、楽できる環境に身を置くととことん楽をしてしまっていた。

妻の両親は非常に子育てに協力的で、話も聞いてくれるし大変頼りになる存在だった。子供のことを安心して預けられるし、僕たち夫婦より子供のことを分かってくれているのだと思う。

ただ、妻の実家から、療育が受けられる病院までは2時間もかかるし、ド田舎だから近くのコンビニまで車で10分かかるし、通勤まで時間かかるしで何かと僕たち夫婦にとって不便ではあったが、子供にとっては最高の環境だったのだと思う。本当に感謝している

それは、今でもじいちゃんとばあちゃんと一緒に住みたいと言うからそうなんだろう。

実際に、妻の実家に住むことになった僕たち家族も良い関係性になってきていたのだと思う。

妻と僕の実家は離れているので、長男の僕は家の近くにいなくてはならないから引っ越しをする計画を立てた。引っ越すことで、療育にも通いやすいしド田舎から都会に住んだ方が便利がいいという夫婦の意見しか考えていない状況で引っ越しをした。

何よりこの環境から早く抜け出したい妻の意見があったからだ。その大きな理由はマイホームを建てたいからという事。妻が言うにはマイホームを建てるのが夢なんだって。

僕自身、他人事のようにマイホームを建てる計画が進んでいることに対して、どこかよくわからない優越感に浸っていた。

引っ越しは失敗だった

本当に当たり前で軽く想像がつくと思いますが、安易にマイホームなんて建てるもんじゃないです。家のローンなんてただの借金ですから、住める家(実家など)があればわがまま言わずに住めばいい。

お金がある人は別です。お金がないと多額の借金と自己満足感しか残りません。実際に私たち夫婦なんかは、毎日家の話をすることより、お金の話の方が多くなっています。本当に身分のあった家に住むのが、ちょうどいいと僕は思っています。

妻も、最初は念願のマイホームを建てたことから来る優越感に浸っていましたが、最近では少し後悔もしているようです。

マイホームを建てた僕たちは心の中で建ててよかったと言えるように多大な借金と優越感のためだけに頑張るしかないのだ。

もちろん、言うまでもないが手厚いサポートを失った僕たち夫婦は自分たちの力で手薄いサポートで子供を育てるようになった。

変わった夫婦の職場

僕たち夫婦は、引っ越しのタイミングで職場を変えた。

職場を選ぶ基準に、どちらが子供のことを中心に動いていくかだ。

妻の職業柄、早く帰るのが無理な職業であるから、僕は自分のやりたいことを抑えて十分な時間を取れる職場にした。そして、妻の方が給料がいいからそうしたのである。

また、妻の実家と前にアパートに住んだことにより妻が家事をしなくなっていたことから、恐らく二人になるとまた家事はしなくなるだろうと思い、仕事をセーブすることを決めた。

僕の職場は、本当に自分のやりたくないことばかりで、周りの人は僕より一回りも二回りも上の人ばかり。しかも、女性の職場だから話す人もいない。

昔から年上の人と話すのが苦手な僕は職場では本当に無口であるし、これは変えられない。

職場を変えたことによって、家事を中心にするようになった僕は

こんなはずじゃなかったのに

と思うようになっていた。

自ら進んで仕事をセーブするということを選んだくせに納得できていない自分を認めたくなかったのだと思う。

そのような心理状況で仕事と育児の両立をして1年が過ぎたので、何事にも中途半端になっていた

減っていくグルーミングとコミュニケーション

ある日のこと、異変に気付く。

いつも通り子供を『見ていた』僕は、あまり子供とコミュニケーションをとっていなかったことに気づいた。

何とも静かな部屋でテレビの音と、僕の『後にして』『今ちょっと調べ物してるから』といった声だけが響く、異様な空間に。

家事や仕事のことに追われていた僕は、効率だけを考えて行動するようになっていた。

コミュニケーションをとろうとしていた子供に対しても、『一言返し』をするようになった僕に対して、その日あったことを子供は気付くと喋らなくなっていたのだ。

このブログを始めるちょっと前から、『変わろうと決意』した僕はコミュニケーションをとろうと頑張っている。まだ頑張っているつもりなのかもしれない。

子供にその日あったことを聞くと、決まってこう言うのだ。

すきま『今日は保育園でどんなことしたの?』

長男『わからない』

これは、本当にわからないのか言っても聞いてくれないから言わないのかさっぱりわからない。僕も子供の事が分かっていない。長男と話すのはその日あったことよりも、自分が好きなアニメを見た感想を言うようになった。これは僕がアニメが好きだとわかっているから長男なりに考えたコミュニケーションの一つかもしれない。

次男『わからない』

次男は、分かっていると思う。その日あったことを鮮明に言ってくれる時がある。次男はこの頃から自分の大好きなウルトラマン大図鑑という大きな絵本を持ってきて怪獣の説明をしてとしつこく言うようになった。

この二人の共通点は、コミュニケーションの手段として僕が答えてくれる事柄を子供なりに考えた結果なのかもしれない。

グルーミングもいつしか減っていた。そんなことよりも時間だけを気にしていた。決められたペースを乱されるのが好きではない僕も発達障害なのかもしれない。多分そうなのだろう。

なぜこうもタンパクに行動できるかとあんまり考えたことはなかったが、思い返してみるとどこかでまだ仕事に成功してやるとか見ているから少し自分の時間をくれなどという安易な考えのもと行動していたからじゃないかなと思う。

夫婦共働きで帰りも遅くなってしまうため、保育園で過ごすのが大半だ。

もちろん、保育園は正しい発達を活かすことを目標に保育をしているから絶対に何かしているはずだ。

それが『わからない』と一言で済ませてしまうようになってしまっていた。

これに気づくまでに1年もかかってしまった。

これは自分が変わらないといけないと漠然に思ってきたのは、これが始まりかもしれない

僕がブログを書く理由

僕がブログを書く理由は、

発達障害の情報を発信したかったから

もう一つは、発達障害の家族として、情報を提供しようと思ったから。

発達障害の治療法ってまるで確立されていないため自分で何とかしなくてはならない。

発達障害のことで病院に行ったけど、言われることは抽象的で結局は家族の判断に任せるといった『提案』になる。療育も隔週に1度などで、それが良い方向に向かっているのかは結局家や保育園の行動や導きにかかっているのだと感じる。

このようなブログでも見てくれる人は少しでもいると思うし、僕の家族の場合はこうであるといったことを伝えることで、少しでもヒントを与えられたらと考えたからだ。

あと、ブログとかSNSでは色んな情報が手に入る、少しでも多くの情報が得られて様々なヒントをくれて非常に助かっている。

発達障害といっても、形は人それぞれあるから正解はない。一つの生き方や考え方としてブログに載せていったら誰かのヒントになると思っているから。

最後に

恐らく、美談にはならないと思うし、一つの発達障害の家族の一員としてやってきたことを書き綴っていきたいと思う。

ひとまずは、来年に控えている小学校入学という大きな壁を乗り越えていけるように発達障害の家族とともに成長していきたいと思います。

子供のことを真剣に考えてみようと思う。思うというか考えて行動する。

僕の中では、ブログやら日記やらにしていかないと覚悟が薄れてしまう。

僕は発達障害の家族について何も知らないかもしれないけど、一緒には成長できるかもしれない。とほんのり期待しながら行動し続けよう。

そして、なるべくいろんな人の意見が聞きたいから、もしこうしたらよくなったとかあったら教えて欲しいです。

・・・よろしくお願いします。

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